イスラエルの鼓動 1998年3月
中東の外観と内部事情 記述;ウィリアム・E・カリー牧師
 
信教の自由をめぐるイスラエルの内戦
 
 1997年5月15日付のニューヨークタイムズに、トーマス・L・フリードマンの “内部の戦争”という記事が掲載された。それはイスラエル陸軍のアムノン・シャハク将軍の発言を引用したもので、「イスラエル世論の軍に対する介入か、シリアが科学兵器やミサイルを増強していることのどちらが脅威か?」という問いに対して彼は「そのどちらでもない」と答えている。彼は続けて「私が最も憂慮していることは“イスラエル社会内の不和”で、これは国家を弱体化させている深刻な問題だ」と言っている。
 イスラエル民衆の生活様式にまで、支配権を要求するクネセトの宗教家たちのおかげで、昨年からこの“社会不和”は増大してきている。宗教政党がクネセトでかなりの勢力に成長したときから、新移民やイスラエル国民に対する宗教規律を支配して、イスラエルを合併整理しようと動いているからだ。彼らは、ユダヤ教正統派に改宗するのでなければ、他のいかなる改宗も認めないと主張している。
 
少数政党の力とは
 
 イスラエル国会=クネセトには、力の均衡した労働党とリクード党が存在する。いずれの党も過半数まで得票をのばせないため、いつも少数政党と連立を組んで与党となり、法案の国会通過を計っている。前回の総選挙でベニヤミン・ネタンヤフは、宗教政党の支持を獲得して、連立政権を樹立した。その時宗教政党がかつてないほどに躍進したために、政府内でかなりの影響力を持ったのだ。この連立は、ネタンヤフの党にとって法案通過が有利になるだけでなく、宗教政党の意見も受け入れなければならないという関係である。もしネタンヤフが宗教党に消極的な協力しかしなければ、たった一票差で過半数を確保している彼の政府は、いとも簡単に転覆させられてしまう恐れがあるからだ。
 このような状況下で、正統派・超正統派たちは、イスラエル内の宗教支配をより強硬に主張してきた。次の二法案が現在審議中である。@改宗法案=イスラエル内で非ユダヤ人がユダヤ教徒になるための厳しい取り決め条項。A反改宗法案(反宣教法案をより残忍に変更したもの)=イスラエル内で正統派ユダヤ教以外一切の宗教の変更を違法とするもの。この二法案とも、イスラエル人の良心を無視し、信教の自由を破壊するもので、メシアニック・ジューたちの証しを踏み潰すものだ。
 私はこのレポートでは改宗法案について取り上げ、次号で反宣教法案について述べたいと思う。
 
ユダヤ人とは誰なのか?
 
 クネセトで討議中の改宗法案は、イスラエル内外のユダヤ人の間で大きな論争の的となっている。この法案は、イスラエルにおいて正統派のラビたちだけが、すべての人の改宗に権限を持つというものである。正統派が婚姻も葬式もすべてにおいて支配することになるので、保守派や改革派のユダヤ人たちは、正統派によって二級市民と見なされることになる。しかし全世界的に見ると、保守派・改革派のユダヤ人は、正統派・超正統派よりも圧倒的多数を占めているのだ。
 この緊張がイスラエル国内のみならず、全世界でいかに多くのユダヤ人たちを分裂させているのか、例を挙げてみよう。
 ユダヤ人の父と異邦人の母の間に産まれた子供たちで、世界各地でユダヤ系の名前によって反ユダヤの迫害を受け、苦しみに耐えてきた人たちが多くある。この家族がユダヤ人迫害を逃れてイスラエルへ帰還すると、またそこで差別を受けることになるのだ。なぜならば、ユダヤ人の母親から生まれていないからだ。いくら父親がユダヤ人であってもこれらの子供たちは非ユダヤ人として扱われ、ラビの司式による結婚は受けられず、儀式参加も許されず、ユダヤ人墓地への埋葬も認められない。
 クネセトは最近この件で恥をかいたことがある。英雄的な死を遂げたロシア系の少年に対して、母親がユダヤ人でなかったために、ユダヤ教の権威たちがユダヤ人墓地への埋葬を拒絶した事が明らかにされたからである。結局彼はキブツの墓地に葬られた。この事件はイスラエル国民を大いに怒らせ、「クネセトでもしこの法案を通すならば、墓地に非ユダヤ人を葬る場所を必ず確保せよ」と非難の声が上がったのである。現在ごくわずかな墓地だけ、この案を承諾している。
 
 去る3月1日に“ジェルサレム・レポート”紙の最高経営責任者、また編集長でもあるヒルシャ・グッドマンがシカゴのアンシェ・エメット・シナゴーグで、南部レバノン作戦で死亡した兵士について講演した。彼の遺族は、彼の母親がユダヤ人ではないという理由で、ユダヤ人墓地への埋葬を拒絶されたという。グッドマンは「イスラエルを守るためにイスラエル人兵士が命を捧げたのだ。“彼ら(宗教家)の子”と呼ばれなくても、“我ら(ユダヤ人)の子”だ。」と大声で非難した。一人の世俗的ユダヤ人がその講演を聴いていて、「あの兵士はホロコーストの生存者の息子だった。」と言っていた。改宗法から見れば、そのような人でもユダヤ人ではないことになってしまうのである。
 
 このような実例によって、帰還者たちが宗教法の下で、“完全なユダヤ人”と認めてもらえるために、いかにプレッシャーを感じているかが感じられる。イスラエル国外で正統派以外に改宗した人たちも、“移民”と見なされて市民権は与えられない。正統派が推進する改宗というのは、改宗者が“ハラハー=生活全般におよぶ厳格な宗教戒律”や“コーシャ=食物の規則”や聖祝日などを遵守することを命じている。皮肉なことに正統派ユダヤ人として認められていながら、すべての宗教規則を守っている者は、ごく少数にしかすぎない。ユダヤ人の母親から生まれたので正統派と認められていながら、ほとんどシナゴーグへ行っていない者さえいる。この類は、もちろんハラハーも守っていないが、宗教的特権階級に位置しているので、平気なのだ。しかし新改宗者にはそのような自由は与えられず、ラビたちに指定された規則を守らなければならない。そこで正統派による改宗を敬遠する移民が多くなり、他のイスラエル在住者と同じ様な自由を得られるように、保守派や改革派の改宗も合法となるように求めているわけである。
 
交渉は不可
 
 正統派の支配に対して大きな抗議の声が上がったので、ネタンヤフ首相は事態の妥協を計る委員会を発足させ、その委員長に正統派として名が知られているヤァコブ・ネイマン経済相を任命した。これはただイスラエルに住む改革派や保守派に配慮しているだけではなく、イスラエルの経済的・政治的支援の大本であるアメリカ国内にある運動の圧力によるものだ。委員会は数カ月かかって妥協案をとりまとめ提出した。
 ニューヨーク市のイスラエル領事館から毎日発せられる、電子ニュースレター“イスラエライン”によると、1998年1月23日ネイマンがネタンヤフに「我々は妥協しない。しかし共存と世界中に住むユダヤ人の相互理解のために努力する」と言って法案を提出した。その法案は「イスラエルに於けるすべての改宗は、ラビである裁判長によって行われなければならない。改宗者の管理は、ユダヤ教教育機関によってなされ、指導はユダヤ教三派の代表者たちによってなされる。」というものだった。ネタンヤフは委員会が合意に達したので、「この委員会はすべての改宗問題の解決に向けて、重要な一歩を進めた。」と称えた。
 この称賛に続いて“イスラエライン”は1月27日のレポートで、宗教新聞に掲載する、超正統派ラビたちが多数署名した手紙を公開した。手紙は改革派・保守派の攻撃を止め、両派との交渉を一切禁止するためである。その内容は「我々はトーラ(モーセの律法)の主張を反映させるため、この結論に達した。つまり改革・保守両派にひとつも認証権を与えないということである。」
 2月10日付の“ジェルサレム・ポスト”紙は、ラビ指導部評議会が、ラビの指導部のみが改宗を認証する権利を持っている事を確認し、改革・保守派からは指導・意見を受けないことを決定した。ラビたちは、「非正統派は、ユダヤ信仰の土台を汚し、傷つける者たちだ。」と言えば、一方の保守派と改革派の指導者たちは、「ユダヤ評議会は、ユダヤ民族に宣戦布告をした。」として反論している。
 
興味をそそる妥協
 
 ドラックマン・コミッションのレポートによると、ネイマン委員会の妥協案を拒絶した正統派ラビたちの決定が、国外からの非ユダヤ人の子供を養子にした、イスラエル家庭に混乱をもたらしている。このコミッションは、宗教・改宗裁判所代表のラビで、ハイム・ドラックマンが率いているものだ。彼らは数カ月前に“養子に対する改宗の要項”をまとめて発表したばかりだったのだ。その内容は「このような改宗家庭に対して、宗教規定を守ることを必修条件にしない。改宗した子供たちも宗教教育や家庭の生活様式を検閲されることはない。また改宗した養子たちは、過去にさかのぼって資格を失うことはない。」というものだった。改宗に対するこの温和な視点は、正統派指導者の説明を経てはいないが、ユダヤ教の保守派・改革派の立場を十分に配慮したものである。
 
社会の欲求不満
 
 これらのユダヤ教内部の不和は、世俗的イスラエル社会に多くの疑問を抱かせている。1998年1月29日付の“イスラエライン”で、リクード党も労働党からも世俗的な国会議員たちは、「宗教政党の暴走がイスラエル生活の骨格を揺るがしかねない」と警戒している。なぜならば、ほとんどのイスラエル人は世俗的で、イェシバ(ユダヤ教神学校)の学生が兵役免除の特権を受け、イェシバの学生は政府により、学費援助されている。労働力にならない超正統派が、国内で増加していることなども大変憂慮している事態なのだ。
 2月2日には、15,000人以上の大学生と1,100人以上の高校生が「イェシバの学生もイスラエル国防軍の兵役に就くように決定せよ」とイスラエル最高裁判所に訴えた。イスラエルの日刊紙“イェディオト・アハロノット”によると、訴えの理由について学生たちは、「同じティーンエイジャーで、何千人もが兵役免除を受けているときに、兵役に就いている者たちは生命の危険にさらされるのは不公平だ。」と理由を述べている。現在29,000人のティーンエイジャーが兵役逃れをしているそうである。
 
これは解決可能か?
 
 “ジェルサレム・レポート”紙のグッドマンは、シャス党はクネセトで最も力を持っている少数政党なので、この改宗法案は可決されるだろうと見ている。シャス党はネタンヤフ政権を瞬時に壊す力を持っているが、操り人形としての首相を失いたくないので、それはしないだろう。
 グッドマンによる国内不和の解決案は“政治の骨格の抜本的改革をクネセトで行い、国民の支持を得る”というものだ。しかし彼はまだ、代案をひとつも示してはいない。ただ聴衆を励ますために彼が言ったひとことは「ユダヤ人は常に生き残ってきた。故にこの問題も解決されるだろう。」であった。
 私が明確に知っていることは、メシアが介入されてこの問題を解決してくださるほかには、ユダヤ社会を分裂させている“誰がユダヤ人か?”という論争の真の解決はないことである。
               (AMFインターナショナル発行 邦訳;石黒イサク)